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大阪高等裁判所 昭和26年(け)7号 決定 1951年5月28日

申立人 安東一男

主文

本件異議の申立はこれを棄却する。

理由

本件異議申立要旨は、(一)被告人は、原裁判所で保釈を許された際、住居を京都市右京区下桂町浅原六十七番地に制限されたが、被告人は年少でもあり、自己の表札も掲げていないので、郵便物などの送達のできないような場合を慮つて、右制限住居に被告人の父「安東喜三郎」の肩書を附することを願い出で、保釈決定にその旨を記入してもらい、一方第一審判決に対し控訴中のところ、昭和二十六年二月二十日突然京都地方検察庁から、刑の執行のための出頭通知を受けたので、調査の結果同年三月八日当裁判所第八刑事部において訴訟記録を閲覧して、切めて同年一月九日同部で、法定の期間内に控訴趣意書の提出がなかつたとの理由で、控訴棄却の決定のあつたことが判明したのであるが、その間の事情を記録によつて調査すると、裁判所書記官補岩田信行作成の送達報告書によれば、被告人に対して、控訴趣意書提出最終日を昭和二十五年十一月十日とする旨の通知書類を京都市右京区下桂町浅原六十七番地に宛てゝ発送したことになつているが、被告人の制限住居は、前述のように同所安東喜三郎方であるから(別紙保釈決定謄本参照)、安東喜三郎方と附記しないで単に京都市右京区下桂町浅原六十七番地に宛てゝ書留郵便に付しても、適法な送達とはいえないのであつて、この送達の適法なことを前提とする原決定は違法である。

(二) 刑事訴訟規則によると、被告人が裁判所の所在地に住居又は事務所を有しないときは、その所在地に送達受取人を選任して裁判所に届け出なければならない(第六十二条第一項後段)その屈出をしないときは、裁判所書記官は書類を書留郵便に付して、その送達をすることができる。この送達は、書類を書留郵便に付した時に、これをしたものとみなす(六十三条)、と規定されているが、何人も法律によらなければ権利を剥奪され、義務を課せられることがないのであつて、右規定は法律によらないで、被告人に義務を課するものであつて、明らかに憲法違反であるから同規則によつてなされた送達手続は違法である。

(三) 憲法第三十七条第三項は、刑事被告人は、いかなる場合にも、資格を有する弁護人を依頼することができる。被告人が自らこれを依頼することができないときは、国でこれを附すると規定し、刑事訴訟法第二百八十九条第一項は、死刑又は無期若くは長期三年を超える懲役若くは禁錮にあたる事件を審理する場合には弁護人がなければ開廷することができないと規定しているのであつて、いわゆる必要弁護の事件については開廷に限らず如何なる場合と雖弁護人を附せずに裁判をすることはできないのであるから、これを附せずになされた原決定は違憲である。よつて原決定を取消して更に相当の裁判を求めるというのである。

(一)  申立人安東一男にかかる窃盗被告事件の記録についてみると、原裁判所は弁護人阿部甚吉の申請によつて、昭和二十五年六月五日住居を京都市右京区下桂町浅原六十七番地に制限して、被告人安東一男の保釈決定をなし(記録一八〇丁)、弁護人阿部甚吉は、同月九日右保釈決定の正本を請けたものであるが(記録一八一丁裏)、右保釈決定における被告人の制限住居は現に前記のとおりであつて、所論のように安東喜三郎方と補充された形跡は認められないのである。尤も、本件異議申立書添付の保釈決定の謄本には、右制限住居を京都市右京区下桂町浅原六十七番地と記載し、その左傍に「安東喜三郎」と記載してあるけれども、この「安東喜三郎」なる記載をよく調べてみると、その五字の色は他の文字の色とは全く異なるものであり、しかも、他の筆跡はすべて右上りであるのに、その五字はむしろ右下り気味で筆勢を同じくしないことが明らかであつて、原本に基いて他の部分と同時に記載されたものとは、とうてい認められない。従つて保釈決定の原本によつて、被告人の住居に宛てゝ所論の控訴趣意書提出最終日の通知書類を書留郵便に付して送達したことは相当であつて所論のような違法はないから(一)の論旨は理由がない。

(二)  刑事訴訟規則第六十二条第六十三条の規定は刑事訴訟法第五十四条によつて裁判所の規則に委任されたものであるから、いずれも刑事訴訟法に基くものというべきであつて、これらが規則であつて法律でないとする所論は、その名に拘つてその責を極めないもので理由がない。

(三)  所論憲法第三十七条第三項刑事訴訟法第二百八十九条を通じてその趣旨とするところは、刑事被告人は、いかなる場合でも資格を有する弁護人をみずから依頼する権利を保障され(私選弁護人)もし、みずから依頼することができないときは請求すれば裁判所は必ずこれを附しなければならない(国選弁護人、刑事訴訟法第三十六条)、しかし、死刑又は無期若しくは長期三年を超える懲役若しくは禁錮にあたる事件については、右請求がなくとも弁護人なしには、公判を開廷することができず、開廷しようとすれば、必ず裁判長は職権で弁護人を附しなければならない(必要的弁護)ということである。すなわち、右事件についても開廷以外のことをするには弁護人を附さなくてもよいのである。

そして、刑事訴訟法第四百四条で第一審の規定が準用される第二審においても同様で、右事件について国選弁護人を附することは開廷の要件にすぎないと解すべきである。右のように解する理由は次のとおりである。(一)第一審において、いわゆる弁護活動は、ひとり公判開廷の場合だけでなくいやしくも被疑者となつた以上その段階から始まるべきであつて、刑事訴訟法第三十条は私選弁護人の選任権を認めているが、右刑事訴訟法第二百八十九条所定の事件についても、国選弁護人を必要とするのは、公判開廷の段階にいたつて、はじめてこれを規定しているにすぎない。(二)もし、論旨の立場を貫くならば、刑事訴訟法第二百八十九条のような趣旨の規定を第一審の公判の章に設くべきではなく、これを総則の弁護及び補佐の章に設くべきではなかろうか。(三)第一審において訴訟を進行される被告人の立場は、いわば受動的であり防禦活動必ずしも容易でないのに反し第二審において被告人側から控訴を申し立てる場合は、むしろ主動的であり、(四)控訴審は、いわゆる事後審として第一審の当否が対象となるにすぎないものであつて、第一審のような発展形成的なものではない、また、上告審のように甚だしく法律的なものでもない、(五)従つて被告人自身において控訴の趣意を知つており、控訴趣意書を作成することができるのである。以上の観点から、右刑事訴訟法第二百八十九条所定の事件については、弁護人を附せずしては開廷のみならずいかなる裁判もできないもので、これを附せずして控訴棄却の決定をした場合は、憲法第三十七条第三項違反であるとの所論は賛成できないところである。

よつて、本件異議の申立は理由がないものとして刑事訴訟法第四百二十八条第三項第四百二十六条第一項に従い主文のとおり決定をする。

(裁判長判事 荻野益三郎 判事 佐藤重臣 判事 梶田幸治)

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